• 宗覚寺からのお知らせ

    9月19日(木)午前10時30分より秋季彼岸会法要を行います。詳しくは下記「住職のコラム」をご確認ください。
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宗覚寺について

加藤清正の嫡男忠正(ただまさ)の菩提所として、慶長13年(1608)泉福山(せんぷくざん)本成寺として建立されました。
その後、寛永11年(1634)本成寺は八代城下に移転したため、草庵(そうあん)をその跡に建て、墓守りを置き、本町本成寺から50年の間供養を続けました。
本成寺移転47年目にあたり、延宝8年(1680)に当時の八代城主松井直之の斡旋で、藩主細川綱利(つなとし)は宗覚寺住職として本山の日竜を据え、天和3年(1683)本堂が創建されました。
寺号は忠正の法名「理性院殿宗覚日等居士」によって宗覚寺としたものです。
当時の本堂と庫裏は、明治10年(1877)西南戦争で薩摩軍の本部が置かれたため、兵火で全焼しました。その後本堂と庫裏は明治18年頃再建され、さらに今の庫裏は昭和60年に新築されたものです。
春に咲く見事な「しだれ桜」は必見です。

宗覚寺写真

史跡めぐり

宗覚寺のある八代市宮地町は、妙見町・宮地町・西宮町・古麓町・東町の5つの町で構成されており、豊臣秀吉が訪れた古麓城跡(国指定史跡)をはじめ、八代神社社殿(県指定建造物)、妙見上宮跡地(県指定史跡)、中宮跡地(市指定史跡)など34の指定文化財が多数存在します。
ここでは、宮地町の史跡について紹介します。

山道の写真

宮地の行事

宗覚寺のある八代市宮地町は、九州三大祭の一つである「妙見祭」を始め、さまざまな行事が開催されています。
また、400年以上前から続いている、球磨川の水を利用した手漉き和紙の製造でも有名です。
ここでは宮地町の行事や文化について紹介します。

傘鉾の写真
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